MBS Award Winner Miyako Akai's Miniature Books
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(C)2011_Miyako_Akai

上の写真は、実物大以上に拡大した画像です。

The photo above is larger than life-size images.

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5〜6月のスケジュール

5/1〜6/3 ZINE STOP tohoku出品 >>new

5/12 特別講座コミュニティカレッジ(池袋)スイーツ豆本 >>new

5/26〜 小さな本の家 >>new

6/3 特別講座アトリエ111(三鷹台)小口染めノート >>new

6/16 特別講座NHK文化センター(横浜)和紙のハードカバー >>new

 >>blog「小さな本を手で作る日々」

少し先の予定

『そっと豆本、ふわっと活版』

赤井都、Bird Design Letterpress 協力:活版工房
会期 2012年9月6日(木)〜12日(水)10:00〜20:00、最終日のみ18:00閉場
会場 三省堂書店 神保町本店 1階正面エレベーターホール

ショップからのお知らせ

2012/4/10、通販ショッピングカートに入ったもの、東京堂に出て行ったものなど、各作品ページの情報を更新しました。『MAHO NIKKI』11番冊をショッピングカートに入れました。 >>new

2012/3/30、取扱店の東京堂が新装開店しました。 >>new

2012/3/1 『カタログレゾネ』の製本待ち時間が解消しました。 >>new

2012/2/ 夏から作っていた作品たちを通販ショッピングカートに入れました。 >>new

2012/1/ 『手づくり製本の本 こだわりの作家もの+作り方』全国書店で発売 >>new

2011/12/ 『凪のゆくえ』ハードカバーをショッピングカートに入れました。 >>new

12/8 『物語のルミナリエ 異形コレクション』全国書店で発売>>new

2011/9/ 全部の作品ページをここコトツボドットコムに移転完了しました。お手数ですがhttp://miyako.cool.ne.jp/からのリンク、ブックマークの変更をお願いいたします。

メディア紹介

2012/5/3 「月刊MOE」で作品紹介されました >>new

2012/4/22 「わたしのLife On」日テレで紹介されました >>new

2012/3/1 「銀座百点」で作品紹介されました >>new

2012/2/25 「世田谷ライフマガジン」に登場しました >>new

2011/12/10 「メトロポリターナ」に掲載されました >>new



 

FAQ 豆本とは

 手のひらに乗るくらいの小さな本の歴史は、書き言葉と同じくらい古く、各民族がそれぞれ、その時代の製本様式で小さな本を作ってきました。4000年前の小さな楔文字の粘土板(約4cm)が、古代メソポタミアの遺物として残っています。日本では8世紀(奈良時代)に高さ約6cmの豆巻物が百万部も印刷され、高さ約45cmの塔の容れ物に入れられました。これは世界最古の印刷かつ大量生産の「百万塔陀羅尼(ひゃくまんとうだらに)」で、豆本でした。一方、西洋では、15世紀頃に洋本の形で作られた手描きの祈祷書が今も残っています。1455年にドイツでグーテンベルクが活版印刷を始め、1501年までに活版印刷された物をインキュナブラ(incunabla)と呼びますが、インキュナブラの中にはベニスで印刷された高さ約7cmの聖母マリアの本もあります。
 活版印刷以降の500年間、欧米では数千種類に及ぶ小さな聖書や娯楽の本、ドールハウスの本、誕生日や暦の本などが作られました。日本では江戸時代に漆箱入りの源氏物語の一揃いなど、雛道具としての豆本のほか、着物の袖に入れて気軽に持ち運べる、実用や遊びの本「袖珍本(しゅうちんぼん)」がたくさん作られました。これらは和綴じの本でした。
 このように、人間の本の歴史と共に、小さな本はありました。この頃の本は全て手作り。小さな本は少しの材料ですみ、持ち運びもしやすい利点がありました。けれど、実用の用以上に、世界各国で豆本に凝ってしまったのは、小さな本の持つ魅力のせいでしょうか。

 豆本クイズ <うそ?ほんと?>
  豆本は月に行って帰ってきたことがある
  世界最古の、紙への印刷物は、豆サイズだった
  アラビアの砂漠には、何千という豆コーランが埋もれている
  豆本は、19世紀イギリスの出生率を下げる原因となった
  表紙が金銀宝石で覆われた豆本が17世紀にパリなどで作られていた
  イギリスのメアリ女王がウィンザー城に建てたドールハウスの中には、豆本図書館があった
  ナポレオンは遠征の途上、豆本を携行し、当時流行の文学作品を読んでいた
  アブラハム・リンカーンの奴隷解放宣言は、当初豆本の形で発行された
  フランクリン・D・ルーズベルト大統領は、豆本コレクターだった
  ピカソの筆による豆本が存在する
  ポール・マッカートニーが「ヘイ ジュード」の歌詞をペン書きした豆本がチャリティオークションに提供された

 全て本当のことです。
 当時最新の印刷技術や手工の技、職人魂などをつぎ込んで、凝って作られた豆本は「小さな宝物」(tiny treasures)とも言われ、アメリカでは3インチ以内(7.6cm)、ヨーロッパでは4インチ以内(約10cm)をミニチュアブックと呼び、コレクションの対象となってきました。日本では、紙を折り畳んでいって自ずと成るサイズで作られたことが多く、愛好家は多くとも、大きさの定義はそれほどなされずに今日まで来ました。
 昭和の2回の豆本ブームで作られた豆本の多くは4インチサイズに近く、これは文庫本の約半分の大きさです。
 文字の大きさは、新聞の字から名刺の住所の字くらいの大きさで、虫眼鏡なしに読めます。欧米でミニチュアブックと言う時、サイズの規定のほかに、文字が肉眼で読めること、という規定もあります。7mm以下の本はミニチュアブックではなく、マイクロブックと呼ばれます。
 かつて、20世紀の間じゅう、世界で一番小さな本を作ろうと、イタリア、イギリス、アメリカ、ドイツ、ユーゴスラビアなどが次々に記録を塗り替えてきました。今は、ロシアと日本(凸版印刷)が世界最小の本のギネス記録を保有しています。小さすぎて、計測結果の誤差が大きいため、2冊ともがギネスに掲載されました。2007年からは、アメリカの研究所が作った極小のナノブックも存在します。カリウムイオンビームで、シリコンの結晶体の上に文字を彫った30枚のマイクロタブレットからなる本です。こうなってくると、めくれず、読めず、本とは何かという問いまで突きつけられます。
 現在、世界各国で豆本を楽しむ人たちがいます。日本、アメリカ、ロシア、ドイツ、イギリス、台湾、韓国……。小さな本を見て触って、読む楽しみ、所有する楽しみ、作る楽しみ、贈る楽しみは、その物の魅力で人をつなぎます。

豆本の歴史

19世紀イギリスの祈祷書。毎日一段落ずつを読む。活版印刷。

豆本の歴史

袖珍本の例。手前は西南戦争の歌で、ページ半ばにキセルの焼け焦げの跡があり、宴席で使われたことを伺わせる。表紙は色刷り木版。奥は明治時代の図案集、木版一色刷り。手書きで墨や朱が入れられ、図案集として実際に使用の痕跡あり。

豆本の歴史

昭和日本の豆本の例。
サントリーの洋酒マメ天国と、地方豆本の会による出版
(手前:古通豆本、奥左:緑の笛豆本)。

 さて、これまでの豆本制作の歴史では、有名作品を縮小したものが多く作られてきました。しかし今、日本で、赤井都が作るのは、オリジナルの物語を小さな本にしたものです。物語を書き、そのイメージからデザインを起こして、ふさわしい装丁や素材で形にし、手のひらの上に軽やかに自由に乗る、一つの世界。ささやかに小さく、ぎゅっと内容が詰まった小さな本です。近づいて手にした人だけが、中を読むことができます。大きな本は大きな声で立派に語るけれど、小さな本は小さな声であなただけに囁きます。

 >>赤井都プロフィール
 >>制作へのこだわり

「豆本とは」参考文献

大きな本の歴史

huruhonya

日本の古本屋「私の稀覯本(きこうぼん) 豆本とその周辺」で検索。古書の豆本そのものもいろいろ購入可能。

kokugo

中学生の国語 一年 資料編(三省堂、2012年)「豆本を作る」に赤井都が執筆協力しました。



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