2011年9月23日

言壺エクスプローラー

 昨日は昨日で、夕方から人と会った。言壺作品を見せて、話した。先に楽しみなことができた。
 話した後で思ったのだけど、私はテキスト書きで、しかしテキスト… ことばって、ものを媒体とする必要がある。心を肉体に収めていなければならない人間に似ている。ことばはものを必要とする。ことばを声に乗せたり、ことばをウェブで配信したり、ことばを瓶に詰めた物にしたり、ことばを籠に閉じ込めた豆本にしたり… 。たとえば、瓶に入っているテキストは、1000字小説の投稿で、読者票や審査員票を集めた、評価の高いことばだ。しかし投稿サイトがなくなって、デッドエンドに来たみたいな気がした。でも、そのことばに合っていると思う物の形、この場合は瓶に詰めたボトルメールの形を取ることで、ことばがまた勝手に泳ぎ始め、きっとテキスト配信の範囲では出会えなかった詩人さんや歌人さん、また他の人たちに買われて読まれるようになった。不思議だし、おもしろい。ことばをうまく形に載せれば、先のですぺらでの出会いのように、ミニ掛け軸を見たとたん笑っちゃう、そういう笑わせる力まで持つようになる。モノガタリとモノの幸せな関係。
 私の作品は、並べたらとぶように売れるというわけではなくて、二年なり三年なりをかけて、何箇所もの場で、一人ずつの人と出会って一つずつ売れて、塵も積もれば式に数えてみれば、累計で瓶が80部、和とじ本二種もそれぞれ80部以上がなくなった。人とことばとの幸せな出会い。そうして見つけられたことばモノは、大事にされてるような気がする。
 昨日のミーティングでは、かげろう文庫で買われた瓶もテーブルに現れた。そして本来なら年末だし直参すべきところだけど風邪っぴきなのでかげろう文庫に電話してお礼を述べ、1月10日以降ぐらいにいったん店内店言壺をたたむことになりました。うーん年末。籠込鳥を通販発送しました。あと、籠込鳥の残りは、角2と丸1の計3つ。まめまつりで完売必須。
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